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■僕らには生きる権利も無いのか
つい先日のニュースで世間を騒がしていた崖っぷち犬。
TVの報道では、近隣近所の方々が「可哀想だから助けてあげたい」と言っている報道だけが繰り返し流されていた。
しかし、ある週刊誌に「本当は早く処分して欲しかった」と思って入る人が非常に多くいたとの記事を目にした。
理由は昼夜を問わず、遠吠えを繰り返し、またメディアの取材班が連日連夜押しかけ、野次馬も含めて静から農村地帯がまるで都会のような騒がしさになってしまい、夜もゆっくり眠れなかったと書かれていた。
それを読んで私は「犬だって好きでそこに居た訳ではないだろ」と憤慨した。
しかし、もし私がそこの住民だったとしたら、少なからずストレスを感じていただろうと思う気持ちは否めないような気がする。
人間はいつしか自分中心に物事を考え、自分の都合の良いように解釈する生き物のように感じる時がある。
昨今メディアを騒がしている熊や猪などの野生動物が里に下りてくると、危険だから邪魔だからと直ぐに処分(始末)を検討し出す。
自分のテリトリーを犯されると、人は自分の都合の良い考え方を優先し、大義名分(子供や老人が危険だから)を振りかざし解決を図ろうとする。
先日の日記でも書いたが、夫婦間の紛争もこれにどことなく似ているような気がする。
しかし本当にそれでいいのだろうか?
元々この地球上には彼らの子孫達が先に住んでいた。
ずっと昔は、今私達が住んでいる場所でさえも木が生い茂り、草が生え、彼らの住居だったはずだ。
それを我々人間が自分勝手に、自分達が住みやすいように開拓し、野生動物を奥へ奥へと追いやった。
しかもそれでもまだ足りず、今現在もどんどん森林を伐採し、野生動物の食べ物を減らし彼らを追いやろうとしている。
それだけが原因だとは思わないが、彼らも生きるため、子供を守るために必死になり食料を得ようと危険を承知で里に下りてくるのではないだろうか。
彼らにだってこの地球上で生きる権利はあるのではないか。
崖っぷち犬だって元々は人間の身勝手で捨てられ、生きるために必死になり生活をしていたのだ思う。
犬は元々野生には居なかった。
元々は我々人間が蒔いた種が原因のはずだ。 勝手に種を蒔いておきながら、雑草が生えたら厄介だからと処分する。
人間とはなんて惨く自分勝手な生き物なのだろうか・・・
いつしかハリウッド映画のような天罰が我々人間に襲い掛かってくるような気がするのは私だけだろうか。
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